平安神宮について | 歳 時 記 | 時 代 祭 | 平安の祈り | 崇 敬 会 | 桓武天皇1200年祭
ご祈祷とお祝い | ご 婚 礼 | 神苑拝観 | 自然の煌き | ご参拝案内 | リンク集と更新情報

平安神宮
トップページへ
ご婚礼

挙式
婚礼のいわれ
image


平安神宮会館ホームページは
こちらです。
婚礼のいわれ
神代のむかしから
『古事記』『日本書紀』の神話には結婚の最初の姿が著されています。伊邪那岐命、伊邪那美命の国生み神話です。
まだこの地上は混沌として、水に油が浮いたようにただよっていました。
ある時、高天が原の神々はイザナギノミコトとイザナミノミコトに天の沼矛(ぬぼこ)を授けて、この地上をしっかり固めて立派な大地を造ることをお命じになられました。
お二人の神様は天の浮き橋にお立ちになり、天の沼矛で海水をかきまわし。引き上げられた矛の先からしたたり落ちる水が、見る見るうちに固まって「オノゴロ島」(日本列島)ができました。
この島に天の御柱という宮殿をお建てになり、イザナギノミコトが「私と貴方と、この天之御柱を廻って結婚しましょう。貴方は 右から廻り、私は左から廻り逢いましょう」という約束をされ、出会われたところで「なんとまあ、かわいい娘だろう。」「ほんとにまあ、いとしい方ですこと」と呼び合って結ばれました。そして、八百萬の神々をはじめこの国の全ての物をお生みになられました。
という神話があります。
これ以来、夫婦の契りを結ぶときには、厳粛な結婚の儀を行うようになったのです。


結婚式のうつりかわり
 平安時代に著された『源氏物語』などの書物を見ますと、夫が妻の家に通う「妻問い婚」(つまどいこん)がもっぱらの結婚の形でした。
 時代が下がり、江戸時代頃には、新郎の自宅に身内の者が集まり、高砂の尉(たかさごのじょう)と姥(うば)の掛け軸を床の間に掛け、鶴亀の置物を飾った島台(しまだい)を置き、その前で盃事をして結婚式をする、いわゆる「祝言」が行われました。家の床の間は神様のいらっしゃる神聖な場所で、掛け軸や島台も神さまのより所であったのです。つまり、神社でなくとも家庭で行われていたころから「神前結婚式」だったのです。


神社での挙式
 現在のように「神社での結婚式」が行われるようになったのは、嘉仁親王(よしひとしんのう・後の大正天皇)と公爵九條道孝の第四女節子姫(後の貞明皇后)の御成婚からです。お二方は明治33年5月10日に宮中の賢所で御成婚の儀式を挙げられ、この模様が全国に報道されて人々があやかりだしてからのことなのです。
 いわば自宅で行われていた「祝言」の神事の部分を神前挙式として、盃事の宴の部分を披露宴として行われているのが現在の形といえるのです。


平安神宮の婚礼
 平安神宮では、明治36年に初めて結婚式が行われました。当時はまだ儀式殿もなく、ご本殿(大極殿)で行っていました。昭和15年に神楽殿が竣功し儀式殿の威容が整えられてからは、現在まで変わらぬ形で執り行われています。
 とくに戦後は神社で結婚式を挙げられる方が大変多くなりました。昭和34年4月10日に皇太子明仁親王(今上陛下)と正田美智子様の御成婚がテレビで全国に放映されたのが大きなきっかけともなりました。
 このころ京都では「結婚式は平安神宮で」というのが一つの合言葉にまでなり、今日まで5万組もの方々が結婚式を挙げられたのです。
挙式 戦時中大極殿挙式 昭和初期

▲UP


平安神宮について | 歳 時 記 | 時 代 祭 | 平安の祈り | 崇 敬 会 | 桓武天皇1200年祭
ご祈祷とお祝い | ご 婚 礼 | 神苑拝観 | 自然の煌き | ご参拝案内 | リンク集と更新情報

Copyright 2000 Heian Jingu All Rights Reserved.