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四神の信仰
四神の信仰
四神
いにしえの代から
 四神の信仰は古代中国で誕生し日本へ伝えられました。中国でも日本でも古墳の壁画や鏡、装飾品などにも絵に表された四神が出土しています。
 特に奈良県明日香村の高松塚壁画古墳やキトラ古墳は有名ですが、『続日本紀』の大宝元年(701)正月元日の条には、「朝賀の儀式に烏形の幢(どう)、左に日像(にっしょう)・青竜・朱雀の幡(ばん)、右に月像(げっしょう)・玄武・白虎の幡が立てられた」ということが明記されています。朝廷の祭儀で「四神幡(旗)」が用いられ、うけつがれて来たのです。
 藤原京から平城京への遷都された折の詔文に「方今平城の地、四禽図に叶(かな)ひ三山鎮を作(な)す、亀筮並(きぜいなら)び従ふ、宜しく都邑を建つべし」とあるのも、「四禽」つまり「四神」の思想と信仰によるものです。

四神旗 四神相応の都
 桓武天皇は、延暦13年(794)の10月22日、長岡京から平安京へと都を遷されましたが、「山河襟帯自然に城を作す」葛野大宮の地に平安京が選定されたのも、四神相応の「平安楽土」とみなされたことが理由のひとつでした。
 一般に四神相応の地とされているのは、東に清き流れがあるのを「蒼(青)龍」、南が広く開けた湿地帯であるのを「朱雀」、西に大きな道が続くのを「白虎」、北に高くそびえる山があるのを「玄武」とされていまして、それぞれこの京都では「蒼龍」が賀茂川、「朱雀」は干拓されて今は無き巨掠池、「白虎」は山陽道(もしくは山陰道)、「玄武」は舟岡山とされています。
 風水思想などの元になっている陰陽道や陰陽五行説にならって京の町を観ると、当時の大極殿跡(京都市上京区千本通丸太町辺り)は、「龍穴」とよばれる自然に宿る「気」が吹き出すところとされるようです。

 平安神宮でも平安京往時さながらに大極殿の東には「蒼龍楼」西には「白虎楼」がそびえ、本殿の東に位置する中神苑には「蒼龍池」西神苑には「白虎池」の名前がつけられています。また、年間の大きな祭事4月15日の例祭と10月22日の時代祭には境内に四神旗が掲げられます。

 平安遷都1100年を記念して創建された平安神宮と四神の信仰とのゆかりはきわめて深いものがあります。

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