 平安神宮の参道に当たるのが「神宮通」です。 三条通から北へ上がると琵琶湖疎水にかかる慶流橋(ケイリュウバシ)を渡り、ここから見渡すと日本最大級の大鳥居ごしに平安神宮の応天門まで見渡せます。 |

参拝の前に応天門前の手水で口と手を清めます。
くぐる前に門を見上げると「應天門」の額があがっています。
観光バスのガイドさんは「平安京の應天門に掲げられていた額は、かの弘法大師の手によるといわれています。掲げられてから應の字の点を一つ書き忘れたことに気づき、筆を投げて点を書き加えたそうです。このことから『弘法も筆のあやまり』といわれるようになったそうです。」と説明されています。 はたして真偽のほどは? |

境内に足を踏み入れると、もうそこは1200年前の京都にタイムスリップしています。
大極殿へとつづく回廊、蒼龍・白虎の楼閣と圧倒的な風景が広がります。
朱の柱に緑の屋根ごしに見る青い空、東山連山、平安の大宮人の気持ちを彷彿として、気持ちが広く明るくなっていただくことができます。
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まずは、大極殿へ進んでご本殿へ参拝します。
平安京当時、桓武天皇がお住まいになられた「小安殿(ショウアンデン)」がちょうどご本殿の位置に当たります。
「今日の京都と日本文化があるのは、桓武天皇様のお蔭。日本がここまで近代化できたのは、孝明天皇様のお蔭」
と感謝し、ゆくさきの平安をお祈りいたしましょう。(2礼2拍手1礼) |

お参りがすんだら、振り返って大極殿からの景色を堪能します。
平安京当時、境内の白砂の所には文官武官が整然と立ち並ぶなか、大極殿には高御座(タカミクラ)を据えて桓武天皇がお出ましになり、詔を発せられます。
つまり日本の都の最も中心となる場所がここだったのです。
桓武天皇の視線になって、京の始めの姿を体感してください。
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社殿を堪能した後は神苑へ進みます。
神苑入口の門をくぐると、ここから社殿を取り囲むように1万坪の神苑が広がります。
社殿は桓武天皇が1200年前に唐の都造りをとりいれて造営された平安京の再現ですから、中国様式が色濃く残っています。 一方その周囲に広がる神苑は、平安時代から花開いた国風文化にはじまり、明治まで培われてきた日本人の感性によって造り出されているのです。
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 南神苑に進むと、はじめに目に付くのが「チンチン電車」です。
日本で始めて京都に運行されたチンチン電車は、平安神宮が創建された明治28年、平安遷都1100年の同じ事業の中で"京都復興"という同じ意志のもとに敷設されたのです。
日本庭園を堪能しようとお庭にはいると電車が展示してあり、「なんと無粋な!」とお思いの方もいらっしゃいますが、大へんゆかりが深いのです。 |
 南神苑の「平安の苑」は、平安時代に著された書物(伊勢物語・源氏物語・古今和歌集・竹取物語・枕草子)の中に記されている200種余りの植物が、その一節の紹介とともに植栽されています。
当時の書物をひもとくと、自然の命に対する謙虚な姿勢を伺うことができます。
"野筋"と"遣水"を基調にして造られた平安の苑は、平安時代から伝わる日本の感性に触れていただくことができるのです。
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 西・中・東神苑と、3つの庭が平安神宮創建当時から7代目小川治兵衛(植治)が手がけた神苑です。
植治は生涯をかけて作庭にかかわっていますが、神苑を拝観する方々に「平安」になっていただけるよう、お庭の随所にならではの意図や提案を遺しているのです。
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 西神苑は、神苑のなかでは小ぢんまりとした作りで、造られた当初から周りをうっそうとした木立に囲まれていました。
南神苑が整備されるまではここが最初の庭で、神苑を訪れた方には、まず静かな心持ちになっていただくのです。
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 西神苑から中神苑へ進む道は、ご本殿の裏側にあたり、下には小川が流れ、上は木立で覆われた薄暗い森の小径となっています。
ご本殿の屋根を透かし見て、木漏れ日の明るさのなかを進むうちに神聖な心持ちとなってきます。 |
 小径を抜けて中神苑へ入る瞬間、一瞬にして視界が"ぱぁっ"と開けます。
中神苑は少し開けた造りになっています。暗い道から入ってきた瞬間に、気持ちが"ぱぁっ"と明るくなっていただけるのです。
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 ちなみに日本庭園にある池は、ただ池として水をたたえてるためだけにあるのではありません。
池の水面は「鏡」です。目に見える実際の景色だけでなく、この映り込みをも立体的に感じていただくように造られているのです。
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 中神苑の蒼龍池に浮かぶのが「臥龍橋(ガリュウキョウ)」です。
この橋は龍がふしている姿をかたどっていますが、渡っていただくときには周りの景色は見ず、鏡となった池の水面に目を移します。
池に映っているのは青い空と白い雲です。「龍の背にのって池に映る空の雲間を舞うかのような気分を味わっていただく」という意図が織り込まれているのです。
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 この飛び石「臥龍橋」の素材は、かの太閤秀吉が京都を治めていたころに造営された「五条大橋」と「三条大橋」の橋脚なのです。
天正といえば今から四百数十年前、竣功の際には秀吉公が大きな行列を組んで渡り初めをされたかも知れません。
その同じ橋の上を今まさに渡っていただけるのです。
「臥龍橋」では、植治が京の歴史と文化に裏打ちされた感性でさまざまな妙をみせてくれているのです。 |
 中神苑を後にして、いよいよ東神苑へと入ってきます。
今度は、一歩あゆみを進めるたびに視界がどんどん広がっていきます。
泰平閣越しに「華頂山(カチョウザン)【通称ー粟田山(アワタヤマ)】を借景に望む景色は圧倒的な広がりをみせ、ため息が出るほどの眺望です。
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 東神苑の池は「栖鳳池(セイホウイケ)」です。当然この広大な池も鏡です。尚美館や泰平閣、池に浮かぶ島が立体的なパノラマとなっています。
最後に泰平閣の椅子に腰掛けてみると、もう腰を上げるのがいやになってしまいます。
「日がな一日ここでぼんやりしていたい。」そんな気持ちになってしまいます。
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これで神苑を後にして、再び社殿へ戻ってきます。
応天門を出るときあらためて自分を見つめてみると、 最初に訪れたときとは大きく気分が変わっていることに 気付いていただけるはずです。
社殿を目の当たりにしたときの明るい気持ち、 神苑を廻って静かな気持ちから 一つまた一つと安らかに広がっていく気持ち、 そして最後にはすっかり「平安」となっているのです。
感じていただいた「平安の気持ち」こそが 最高のお土産なのです。
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